2007年は京都記念で始動。1番人気に支持されたが、アドマイヤムーンを捕らえ切れずクビ差の2着に敗れた。その後予定通り遠征し、ドバイシーマクラシックに挑戦したが6着に敗れた。帰国後は前年に勝利した目黒記念に出走。58.5kgを背負う厳しいハンデながら、直線で内から抜け出し粘り切り連覇を達成した。
目黒記念を連覇したポップロック続く第48回宝塚記念では、直線で伸びてくるものの届かず3着に敗れた。レース後はノーザンファームに放牧に出された。8月1日には前年に続きコーフィールドカップとメルボルンカップの一次登録を済ませたが、馬インフルエンザ騒動の影響で遠征を断念することになり、9月3日に登録を取り消された。
秋緒戦となった京都大賞典では鞍上が四位洋文となり、レースでは中団追走から直線は最内を付いて一度は先頭に立ったが、インティライミに差されてクビ差で2着となった。その後、第1希望で香港ヴァーズ、第2希望で香港カップに予備登録を行っていたが、10月23日に馬インフルエンザの影響で検疫期間が1ヶ月かかることから回避することが発表された。次走は第136回天皇賞(秋)に出走。レースでは後方待機から、直線に向くと鋭く伸びてきたものの4着に敗れた。続く第27回ジャパンカップでは、これまでとは違い、やや前の方でレースを進め、最後の直線で抜け出したアドマイヤムーンにアタマ差届かず2着に敗れた。これにより、11月30日に発表されたトップ50ワールドリーディングホースでは122ポンドの評価を得て、メイショウサムソンらと並ぶ18位タイとなった。12月6日に出走予定の第52回有馬記念ファン投票の最終結果で6位となる6万1688票を獲得したことが発表された。しかし、レースでは2番人気に支持されたものの5着だった。レース後は12月26日にグリーンウッドへ放牧に出された。
[編集] 7歳
2008年、1月16日に発表された2007年度のワールド・サラブレッド・レースホース・ランキングでは、122ポンドでメイショウサムソンと並び17位タイとなった。1月31日にドバイシーマクラシックへ選出されたが、遠征せずに阪神大賞典の一ヶ月前に栗東トレセンへ帰厩し、同レースに出走。圧倒的1番人気に支持されるが3着だった。この後、天皇賞(春)に向かう予定。
競走成績
2007 2. 17 京都 京都記念 GII 14 3 2.2(1人) 2着 O.ペリエ
3. 31 UAE ドバイシーマC G1 15 10 6着 O.ペリエ 56 芝2400m
5. 27 東京 目黒記念 JpnII 18 2 2.9(1人) 1着 武豊 58.5 芝
6. 24 阪神 宝塚記念 GI 18 5 6.9(4人) 3着 武豊 58 芝2200m(
10. 7 京都 京都大賞典 GII 10 3 2.1(1人) 2着 四位洋文 58 芝 10. 28 東京 天皇賞(秋) GI 16 15 6.1(4人) 4着 O.ペリエ 58 芝
11. 25 東京 ジャパンC GI 18 2 10.5(4人) 2着 O.ペリエ 57 芝
12. 23 中山 有馬記念 GI 15 6 5.0(2人) 5着 O.ペリエ 57 芝2500m
2008 3. 23 阪神 阪神大賞典 GII 13 3 1.9(1人) 3着 武豊 58 芝
※競走成績は2008年3月23日現在
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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